「想定外」の多い2024年のアメリカ大統領選による米株への影響を考える

「もしトラ」から「ほぼトラ」へ。

これは何かの暗号でしょうか。
この言葉は2024年11月に実施されるアメリカ大統領選挙において、共和党の候補者として正式に決まったドナルド・トランプ前大統領の復職確率を揶揄したものです。
揶揄といっても茶化すものではなく、どのように展開していくか読み切れない情勢への恐怖感といえるでしょうか。
トランプ氏の再就任は株式相場にも大きな影響が予想されています。

かつ選挙戦は記事執筆時(2024年7月16日現在)、トランプ氏が選挙演説中に狙撃されるなど、想定外の事態が続いています。
もともと現職のジョー・バイデン大統領の高齢不安が懸念されるなかで、刻一刻と変わる大統領選の展開。
現時点で、大統領選により何が変わると見られているのか、解説していきましょう。

そもそもトランプ氏はまた大統領になれるのか

アメリカ大統領が4年に1度選ばれ、続けて2期の計8年在職できることは知られています。
どれほど人気があろうと、3期目に向けて立候補することはできません。
実はこれはアメリカ建国時ではなく、第二次世界大戦後の1951年にアメリカ合衆国憲法修正22条によって定められたものです。

過去8年を超えて大統領に在職したのは、上記の修正憲法が成立する前のフランクリン・ルーズベルト大統領ただ一人です(在任期間1933年〜1945年)。
第二次世界大戦時の在職大統領であり、在任中に死去しました。

現行法のなかでは上限を8年として、大統領に「返り咲く」ことは可能です。
1892年、一度大統領を退任していたグロバー・クリーブランド氏が大統領選に再挑戦、現職のベンジャミン大統領を破りました。
2014年の選挙においてトランプ氏が勝利すると、2例目となります。

記事のあたまでお伝えした「もしトラ」は「もしトランプが大統領になったら」の略で、後者の「ほぼトラ」は「ほぼトランプは大統領になるのではないか」
つまり2025年(の正式就任)からトランプが再び率いるアメリカは、彼の掲げる「保護主義」が前面に出た政策となります。

そもそも大統領だった人物が4年明けて再任されるケースはこれまで1件しか無かったうえ、トランプ氏はアメリカの政治家のなかでも極端な方針を掲げることは知られています。
2024年、現実としてトランプ大統領が再び誕生すると、米株にどのような影響が現れるのか、分析していきましょう。

ほぼトラの影響①:保護主義の推進

2018年にトランプ政権は鉄鋼とアルミニウム、中国からの輸入品にかける関税を強化しました。
現在のバイデン政権は意外ですが、この関税を撤廃しておらず、トランプ政権の関税が現在も継続している状況となっています。
また同政権が離脱したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)には復帰していません。
2024年5月には、中国産のEV(電気自動車)の関税を25%から100%に増額させています。

ただバイデン政権は対中国や半導体など、課税強化は一部に限定するという考えを提唱しています。
対するトランプ氏は大統領返り咲きの際、日本を含む諸外国からの関税を一律10%増額すると表明しています。
アメリカに対する輸入業は大きな打撃を受けるでしょう。
日本の政治家との関係性は決して悪くはないですが、対経済としてはアメリカとしての立場を重視し、原理原則を進めてくる印象があります。
より懸念は、日本以外の国と関係が悪化し、それが日本にとっても悪影響をもたらすことへのリスク、が大きいでしょう。

もっとも関係悪化が懸念されるのが中国です。
中国においては貿易上の優遇措置を付与する「最恵国待遇」を撤回し、電子機器や輸入品、医薬品などの輸入を段階的に廃止すると表明しています。
既に冷え込みが懸念される米中関係ですが、トランプ氏の返り咲きによって修復の難しい段階まで悪化する可能性もあります。
それだけ現在のアメリカが、中国を懸念している証拠でもあります。

米株に関しては、アメリカ国内の消費は上乗せが期待できるためポジティブです。
ただアメリカの企業は中国を含めて世界的に展開しているものも多く、当然ながら各国から反発を受ける可能性が高いです。
保護主義によって利益上昇が期待できる一方、どのようなビジネスが下落要因となるのか。
領域ごと、個別企業ごとに分析していく必要があります。

投資信託は採用銘柄の変更をチェックしたい

この流れは個別株だけではありません。
S&Pのようなアメリカの指数をベンチマークとする投資信託もまた、多くのアメリカ株を採用銘柄としています。
投資信託がどのような銘柄に投資しているかは、目論見書で確認することができます。

これから大統領本戦までのあいだでもっとも動くのは、投資信託の採用銘柄だと考えています。
機を見るに敏なファンドのトレーダーが、「ほぼトラ」の可能性を分析して動き出すためです。
2024年夏以降投資信託で買われる銘柄が多くなれば、トランプ政権のもとで上昇が期待される銘柄と考えることができるでしょう(インデックス、アクティブ問わず)。

ほぼトラの影響②:防衛銘柄への影響

半導体の印象が強いですが、2024年夏にかけて防衛銘柄も上昇しています。
トランプ就任によって、各国の防衛銘柄には大きな影響があるでしょう。

ここで注意したいのは、防衛銘柄は「米株かどうかを問わない」という見立てです。
前項の保護主義と異なり、アメリカは現在の防衛ラインからの撤退や戦力減少を推し進めるでしょう。
代わりとして各国は防衛への投資を強化することを求められるためです。

たとえば日本を代表する防衛産業である三菱重工は、2024年に入ってから著しく株価が上昇しています。

引用:Yahoo ファイナンス https://finance.yahoo.co.jp/quote/7011.T/chart

2022年から2023年の揉み合いから上昇基調に転じ、1株500円以上の値上がりを見せています。
まさにブレイクアウト(高値を突き抜ける動き)といえるでしょう。
2024年6月以降の下落は気にはなりますが、同社は売上の半分がアメリカを含む日本以外の市場であり、各国のカントリーリスクによる値動きが気になります。

また1期目のトランプ氏はアメリカ国外の防衛や治安維持に対して、「有償化を求める」と折に触れて発言していました。
2024年現在、ターゲットとなりそうなのはウクライナ支援と、NATO(北大西洋条約機構)と考えられます。
どちらもアメリカは多大な支援を展開していますが、トランプ氏の熱量が低いことは間違いありません。
仮に有償化となったときの市場の影響は、あらかじめ想定しておきたいところです。
同様の懸念点に中国と台湾が有事となったときに、アメリカがどのような関与をするのかという見立てがあります。

ほぼトラの影響③:半導体やEVにはネガティブな面も

一期目のトランプ氏の「初動」として実行されたのは、前職のバラク・オバマ元大統領が取り組んだ様々な施策をひっくり返したことでした。
今回も現職のバイデン政権とは政権も異なるため、関係者から恐れられています。

代表的なものが半導体とEVです。
バイデン政権は最先端の半導体をめぐり、アメリカ国内における開発・生産体制を整備するため、2024年3月以降、国内外の大手メーカーに巨額の補助金を支給すると発表しています。

トランプ氏はこれまでの主張で、バイデン氏がEVの普及を加速させるために公表した自動車の排気ガスの基準を2027年から段階的に厳しくする規制に対し、あらたな大領領に就任した初日に撤廃する方針を示しています。
EVは高価なため売れ残りも多く、優遇されることによって低所得家計を苦しめることに繋がるといった主張です。
サステナビリティを重視するのか、さまざまな所得層の生活を重視するのか、根本から価値観の分かれる政治課題でもあります。

「当面過激な動きは潜めるのではないか」という視点

ただ、異なる見方もあります。
今回トランプ氏は2期目であり、様々なハレーションのなかで再出発をすることになります。
民主党は無党派層はもとより、共和党支持者のなかにも一定の反発層が多いのもトランプ氏の特徴です。

同氏は2024年7月の共和党大会にて、正式に大統領候補に指名されました。
共和党の幹部に親トランプ派を配置するなど、パワーゲームの先に今回の指名があったと想定できます。
急激なパワーゲームは同時に反発を生み、従来の主張だけでは政権運営が進まなくなることも、同氏は既に認識しているでしょう。

トランプ氏も4年後には再立候補ができなくなるため、過激な政策を展開するのではという懸念があります。
その一方で「トランプ・チルドレン」のような立場の政治家が増えており、離任後に向けて影響力を維持するためにはどのような姿勢でいるべきかは、本人も熟慮していることでしょう。

アメリカにおける有権者の審判は4年ごとではありません。
バイデン政権下で実施された2022年の中間選挙において、トランプ氏の支持する候補者は敗北が相次ぎました。
再来するトランプブームが高まれば高まるほど、ハレーションも比例して上昇することは間違いありません。
かつ、この反発はトランプ氏が大統領に当選すれば止むものではなく、同氏に対する世論の反対票として、政権の重しになっていくことでしょう。

このような複数の背景から、仮にトランプ氏が大統領に当選しても1期目よりは堅実な運営、および発言や行動に終始するのではないか
株式市場はあっけに取られたようにそれを見つめるのではないかという推測もあります。
トランプ就任によるポジティブな銘柄を、どのタイミングで売買していくのか、正しい判断が求められます。

「やはトラ」になる確率も考えたい

ここまで長いスペースをかけてトランプ氏、いわゆる共和党勝利のストーリーを書きましたが、選挙は2024年11月とまだ約4カ月も先です。
民主党が息を吹き返し、やはトラ(やはりトランプは落選した)になる可能性も十分に考慮しなければなりません。

2024年7月現在、討論会などで言い間違いや固有名詞の取り違いが増えたことで、バイデン大統領の高齢化を憂う声が高まっています。
カマラ・ハリス副大統領をはじめとした後任の具体名も聞こえるようになってきました。

もし円滑に民主党候補が変わったら

筆者が可能性のあるストーリーとして想定しているのが、バイデン氏が立候補を取りやめ、とても円滑な形で「禅譲」を実現したときの影響です。
もともと確固たる地盤を持つ上院議員だったバイデン氏は民主党のため、強いてはアメリカのために身を引き、民主党を一枚岩にします。
このときに米株はどのような影響があるのかを想定しておきたいものです。

アメリカ大統領選に「リーダーだけを変える」は現実的ではない

ただ前提として、アメリカは大統領に指名された人物が政権チームの組成権を持ちます。
日本のように国会議員のなかから当選回数が相応しい大臣候補を選ぶ仕組みとは、まったく異なるものです。

この仕組みのもとバイデン大統領が候補の立場から降りたとします。
後任となる大統領候補は、たとえ現在政権を担っている副大統領であれ、根本から自分の政権チームを組成します。
既に共和党のトランプ氏という仮想敵がいるなかで、まず民主党の支持を取り付けるための組成作業は難儀を極めるでしょう。

そこから民主党の代表として指名獲得をし、トランプ氏との舌戦を経て11月の本戦に臨む。
何よりも時間が足りなすぎるのです。民主党の重鎮が「時間が無い」と声をあげている理由がここにあります。
しかもアメリカは直接民主主義です。一般の有権者層に名が通っていなければ、トランプ氏に対抗できる候補者の擁立は難しいといえるでしょう。

本来であれば7月ともなれば、討論会を中心に舌戦が始まります。
個人投資家はそれを踏まえ、それぞれ大統領になったら米株はこう変わっていくのではないか、と予測ができる時期です。
ところが今回はかたや交代論の只中であり、論戦のテーブルにて向かい敢えてはいません。
だからこそ我々は閲覧できる情報から、自分の資産への影響を想定し、可能な範囲で対策していきましょう

この記事を書いた人

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工藤 崇

FP-MYS代表取締役社長CEO。
相続×Fintechプラットフォーム「レタプラ」開発。上場企業を中心に多数の執筆のほか、早期相続のコンサルティングに代表される個人相談とFP関連の開発事業を中心に展開。
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